令和8年次「一乗まつり」の開催について
本年、立正佼成会では、庭野日敬開祖の生誕120年の節目を迎えました。
この節目にあたり、『Evolution of Compassion~一乗に生き、慈悲をひらく~』をテーマに、催しの名称を従来の「お会式・一乗まつり」から「一乗まつり」へと改め、開催する運びとなりました。
庭野開祖が歩んだ「平和への道」を受け継ぎつつ、その慈悲の精神を地域に根ざしながら世界へひらいていく「一乗まつり」を目指します。
お釈迦さま、日蓮聖人、庭野開祖へと受け継がれてきた一乗の精神を大切にしながら、明るく楽しく賑やかなひとときをお届けしたいと思います。
~ 一乗の精神 ~
人類はみな、地球という一つの乗り物の上で生きている仲間です。だからこそ、こころおおらかに、互いを認め合い、協力して生きていきたい! これが、私達の伝えたい一乗の精神です。
一乗まつりの原点
~お会式の意義と由来~
現在の「一乗まつり」は、長年受け継がれてきた「お会式」の精神と歩みを礎としています。ここからは、その原点となる「お会式」の意義や由来、立正佼成会での歩みをご紹介します。
お会式のルーツ
弘安5(1282)年10月13日辰の刻(午前8時ごろ)、日蓮聖人は入滅されました。その一周忌のお逮夜(前夜)にあたる12日に弟子たちの手で法会の儀式が営まれました。
お逮夜法要に参加するため、信者たちが手にちょうちんを持って参集し、寺院にも桜を飾って師の徳を慕い、偲んだのが起源と伝えられています。今日のようなお会式万灯行進が成立するのは、江戸時代のことになります。
日蓮聖人の足跡
では日蓮聖人とはどのような方だったのでしょうか。鎌倉仏教の祖師の一人、日蓮聖人は貞応元(1222)年安房国(千葉県)小湊で生まれました。12歳で清澄寺に上り、16歳の時、得度しました。日蓮聖人は、比叡山や高野山などで研さんを積みました。
立正佼成会とお会式
立正佼成会が初めてお会式万灯行進を行ったのは、昭和24年。日蓮宗日円山妙法寺(東京・杉並区堀ノ内)のお会式に参加したことがきっかけでした。初の万灯行進は、万灯10基、纏3基に笛、鉦、太鼓という構成でした。翌年には、鎌倉の龍口寺お会式にも参加。昭和26年からは、纏の振り方や太鼓、鉦の打ち方、お囃子など本会独自の様式によるお会式が行われるようになりました。
第1回お会式および過去映像
一乗行進に登場する万灯、纏、笛、鉦、うちわ太鼓には、使われるようになった理由や現在の形に至った経緯があります。
そして、行進する人々の願いや祈りが込められています。




